「結婚式、もうすぐじゃん・・・。新居って、萌々香の実家のすぐ傍にしたんだよね?!」

とろっとろのアフォガートを食べながら、私が聞く。

「そうそう。来年早々には子供 産まれるし・・・産休開けたら、速攻で仕事に復帰よ。産んだ後は、ウチの両親がぜ~んぶ面倒見てくれるって言ってるから、お金とか保育園の心配もいらないし・・・周りで、ブツクサ言ってるような面倒が一切ないから、まぁ、私は色々楽勝かな。」

分厚いパンケーキを口いっぱい頬張り、白いクリームを端ににじませながら、萌々香は笑う。

「超ラッキーじゃん!萌々香って、一人っ子だもんね。ご両親も初孫、楽しみで楽しみで仕方ないんだぁ・・・。でも旦那さんの方は、何も言ってこないわけ?!あっちのご両親だって、楽しみにしてるでしょうに・・・。」

私は、いつもどこか上の空でいる彼の顔を思い浮かべながら、聞いてみた。萌々香は、ちょっと眉間を曇らせると、

「いいの、いいの。産むのは私なんだから!」と、言い放つ。

「・・・にしても、まさか萌々香がウチの課の主任と付き合ってたなんてねぇ、ホント 知らなかった。誰も気付いてなかったんじゃないの?!」

私がクロスで口元を整えながらそう言うと、萌々香は、さも勝ち誇ったかのようなあざとい目つきで、

「7つ上だから、それなりに給料とかも安心レベルだし・・・。相手のご両親とかも、まだ そこまで老人でもないしね・・・。ま、暫くは、何とか良い関係くらいは作っとこうかなって・・・。」

窓側のテーブルは、かなりの陽が差し込んでくる。私は、二の腕に日焼け止めを塗り忘れたことを後悔し、日の当たる左腕を右手で撫でた。

「私さぁ~。今年中に【夫婦別姓】が決まらないかなぁ~、って思ってたのよ。そうしたら、もう『嫁』って考え方も決定的に薄れるし、下手したら相手側の『ウチに入る』っていう考え方、なくなる感じしない?!それこそ、将来、同居とか介護なんて事言われたら・・・、もう想像するだけで鳥肌ものよ!結婚・・・ってか、婚姻なんて、実際、当人同士の1対1が良ければ、そこで『終了ぉ~!』で良くない?!相手の家とか、義理のどうたらこうたらって、もうただただ女性側の足かせでしかないんだから!!【夫婦別姓】って、古い柵(しがらみ)から女性を解放してくれる、頼もしい制度なんだよ!!女なら、皆そう思ってるでしょ、きっと!」

ここで、やたら怒気を強める萌々香に、私は少し引いてしまう。

「じゃさ・・・、もしそうなってたら、子供の苗字、どうしたかったわけ?!」

萌々香は自信満々に、

「いくつか 好きな名前の候補って、あるじゃない?!それを、チャットGDPに聞いて、姓名判断的にどっちの姓にした方が良いか聞くのよ!そうすれば、どっからも文句ないでしょ!」

萌々香は、すっかり食べ終えたパンケーキ皿が目障りなのか、テーブルの通路側に押しやる。

「そりゃ、夫婦二人ともが同じ名前推しならね。」

私がそう言うと、萌々香は少しため息交じりに、又メニューを広げ、

「・・・舜はね・・・、子供の名前にあまりこだわりないみたい。」と言いながらテーブルのコールボタンを押し、私の食べ終えたばかりのアフォガートを指さしながら、「同じものを・・・・」と注文する。

「ま、どうせ現実的には、まだまだあっちの姓を名乗るしかないんだから・・・。」

窓の外では、多分小学校高学年だろうか、数人の男児が大声をあげながら通り過ぎる。まだ、夏休みなのだ。

萌々香は、じっとその子供たちの背を眺めながら、

「でもさ・・・、やっぱ、自分が毎日呼ぶ子供の名前って、無視できない気がするんだけど・・・。」

呟くように言う。

「・・・まぁ普通はそう思うけど・・・。でも、色んな人、いるからさ。萌々香の考えた名前に、きっと彼も愛着 覚えるわよ。」

自分ながら、少し無理のある庇いだてのようで、敢えて付け加える。

「だって、どうせ彼が『こんなのは?』って聞いてきたところで、萌々香は、自分の意見、絶対、まげないでしょ?!二人の間には、もうそんな空気、出来上がってんじゃないの?!」

目の前に出されたアフォガートをつつきながら、「そうかなぁ・・・。」

萌々香はどこに焦点を当てるでもなく、言葉を続ける。

「何か・・・、特に私の妊娠がわかった時から、舜君、丁度昇格して忙しくなったタイミングで、なかなか会えなくなったし・・・。ラインも、結構未読スルーが多いっていうか・・・。」

「でも日取りとかは『お腹の目立たない内にしよう』って、主任が決めたんでしょ?!式場も、自分のお姉さんに頼んだって・・・。」

萌々香は「えっ?」と顔を上げ、

「私、そこまで話してたっけ?」

私は頬杖をついたまま、

「ふふ・・・。じゃなきゃ、私が知ってるわけないじゃない?!」

萌々香は一瞬、視線を宙に飛ばして、ま、そっか・・・と言い、あっという間にアフォガートを食べ終えた。

実はこの話、つい先月、舜からベッドで聞いた話だ。

「萌々香ってさ・・・、何か軽い感じで遊べそうな娘だったからさ・・・、お互いセフレのつもりで何回か寝たんだ。そしたらついこの間呼び付けられて『デキたらしい』って・・・。ホントに俺の子か?って聞いたら、マジギレしやがって、アイツ・・・」

俯せの肩が、やけにヌメついた鈍い艶を帯びている。

「・・・で、自分の父親ってのは、所謂やばい筋と繋がってる人間なんだから、ナメたこと言ったら、ただじゃおかない、とか言いやがって・・・。」

結局、社内の事でもあるし逃げるわけにもいかず、一応は誠意を見せる形で、結婚することにした、というのだ。

「一旦、ここは形だけ整えておけば、その後は、別れようがどうしようが、知った事じゃない。子供は、母親が親権をとるものだし・・・。養育費とかは、まぁ適当に・・・、ね。」と付け加え、舜は、再び私の脇腹に手を伸ばし、

「一応片が付いたら、次こそ、本気で愛せる女性と再婚するつもりなんだ。・・・知ってるだろ?僕が本気で愛しているのは・・・。だから、少し待っててくれるかい?キミとは、これからもずっと繋がっていたいんだ。」

どこまでクズな男・・・。

舜こそ、私にはただのセフレ。結婚など1ミリも考えたことはない。それに、もう二度と体を合わせる事もない相手だ。

それなのに・・・と考えていると私は急に笑いがこみ上げ、つい声が出てしまった。

舜は伸ばした手をビクッと引っ込め、体を起こし、

「ホント・・・、ホントに萌々香とは遊びのつもりだったんだって。」

近い未来、もし【夫婦別姓】になれば、戸籍もなくなるわけだから、何度離婚、結婚を繰り返しても、何かに✖(バツ)が付くわけもない。ただ日本人として生まれた、命の根源や歴史の重みのようなものは払拭され、今までとは全く違う、身軽な葦でしかなくなる覚悟さえあれば良い。

でも新しい相手を見つけて、何度でも新しい繋がりを楽しみたいのなら、【夫婦別姓】は、常に軽やかなスタートが切れる、絶交の制度。

ね、萌々香・・・。

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