退職した。
この会社には、10年近くお世話になった事になるのか・・・。

娘の蓮花は独身で、一度も結婚や同棲すらした経験はなく、まぁ今風に言えば『こどおじ』『こどおば』の類。
このこと自体、両親は「なるべくしてなった、ただそれだけの事」と、お互いを当然の成り行き、と思っていた。例え、親戚連中や周囲の人間、メディアの【8050問題】が目に触れたとしても、「自分達は別格の別枠」と、気にもしなかった。
親の側からすれば「この子はちゃんと働き、その間 年金もしっかり支払っている。自分達の預貯金や自宅は、全て一人娘のこの子の為に遺すのだから、この子は死ぬまで何不自由なく暮らしていける」というのが、自分達にも、又周りに対しても余裕の自負だった。
その価値観を決定的にさせていたのは、娘の父親 正之だった。
彼は、とにかく娘を異常とも思えるほど大事にし、その生涯を自分の手の中で生かすことこそが、最高の幸せなのだと信じていた。
幼稚園から私立のカトリック系に通わせ、常に学力よりも育ちの良さ重視する女子校を選択。大人になっても一人暮らしなどもっての外。常に目の届く範囲に身を置かせ、就職先も、父親のコネ。娘が「今の職場を辞めたい」と言えばその度に嫌な顔一つせず、「よし、分かった!」とばかり、彼が顧問をしているいくつかの会社の一つに、さっさと再就職させる、といった具合・・。

一方 母親 光子の存在は、娘にとってはただの家政婦同然。それが、家長である父親が定めたこの家族の在り方だったから。
少しでも気に入らないことがあれば、正之はすぐに手をあげ、光子はその都度泣き、すがり、懇願するように詫びた。その姿を幼い頃から見てきた娘は、それがこの家では当たり前の光景であり、彼女に対しては、それが当然の扱い、と刷り込まれていった。だから些細な事でも躊躇なく、娘も母親に手をあげた。例えばそれが『ゆで卵』の殻がうまく剥けていなかった、という理由でも・・・。又そうすることを、父親も快く思っていたようだった。
しかし娘には、忘れられない母親からの屈辱が一度だけあった。それは、初潮を迎えた日のこと・・・。
まだ小学生だった娘には、一応 学校の保健体育の授業で知識として知ってはいたものの、やはり実際にそれを迎えると、不安で怖かった。なので仕方なく、その時だけは母親の光子に相談するしかなかった。
しかしその時 母親から最初に受けたものは、小さく、聞こえるか聞こえないかのような『チッ』という舌打ちだった。
娘はこの時、今までかつてない程の屈辱と憎悪を感じた。何しろ今の今まで、この母親は自分より劣り、自分に従順であることが当然だったのだから・・・。
その日以来、娘の、母親に手をあげる頻度やモノを投げつける行為には拍車がかかった。勿論、父親は黙認。まるでそれでいいんだ、とばかりに・・・。
異常としか見えない、固い父娘関係ではあったが、そんな二人の間にも、実は長い年月の間に、一度だけ事件があった。
それは、娘がまだ20代半ばの頃、親戚から「どうしても・・・」と、一度だけ断り切れないお見合いの話がきた。
正之は、最初から断ることが前提で、仕方なく娘を送り出した。
何せその娘は、潔癖症の【男嫌い】で通っており、今まで一度たりとも色恋めいた雰囲気すら醸したことがなかった。なので、娘は『けんもほろろ』と言った感じの仏頂面で帰ってくることを、正之は信じて疑わなかった。
しかしそれがどうしたことか、お見合いから帰ってきた娘は思いがけず、満更でもないような様子だったのだ。
正之は娘を一目見るなり、自分への裏切りだ、とでも言いたげにひどく腹を立て「お前はそんなに淫乱だったのか!」とか「そんなに男が欲しいか!」と執拗に蔑み、睨みつけ、怒鳴り散らしたのだ。
娘は、言われて仕方なく出向いただけの見合いだったのに、父親からの信じられない程の汚らわしい侮蔑で圧倒する言葉の暴力をくらい、何かが破裂したようなショックで暫く耳が聞こえなくなる、という所謂、突発性の難聴になった事があった。
それ以来、親戚中は勿論、誰一人としてその娘に結婚話はおろか、誰かを紹介することすらしなくなった。
それから暫くして、その見合い話を持ってきた正之の妹夫婦は、正之と蓮花を誘い、気仙沼辺りの温泉旅行に行った。

父親からの、そんな屈折、変質的とも思える溺愛。世間がよく思うその理由としては、往々にして、大きく二つがあるだろう。
一つ目は、意外にもよく聞く、常識を逸脱した実の親子間での性関係。
しかし、それは全くの的外れ。正之は、娘の部屋に入る事を決してしなかったし、幼少期より殆ど手を触れる事すらなかった。はた目からはむしろネグレクトか、と思える程距離をおき、愛情表現は言葉と金銭だけだった。
二つ目に考えられる理由は、親として、余程守ってやらなければならない事情を、その娘に持たざるを得なかったのか、ということ。
例えば身体や容姿、外見や内面に、親として何か大きな責任を感じなければならない事情があったからか。
いや、そういうことも全くない。むしろ逆だ。
その娘が、もう若いとは言えない年齢になっても、通りを歩けば、向かって来るのが女性であれば、まず遠くから目を奪われ、すれ違い様にフンッと目を反らされる。男性なら、全く見ないふりで近づき、すれ違い様に凝視する、と言った感じの、所謂近寄りがたい【昭和の銀幕スター】的な雰囲気を纏った、正統派の美人だった。スタイルも申し分ない。
つまり正之にとって蓮花は、常に動く、生きた宝石そのものだったのだ。
ただ、不思議な程、顔はどちらにも似ていなかった。両親の娘であることは、間違いのない事実なのだが・・・。

「明日からどうするんですか?何か考えてます?」
『退職祝いの会』を催してくれた同僚の一人、真奈美が、そう聞いてきた。地方の製パン工場の菓子パン部門で、10年程パート勤務をした最後の日。
真奈美とは、そこまで親しい間柄ではなかったが、軽い日常会話程度の付き合いを続けてきた仕事仲間だ。
「う~ん・・・まだ、何も考えたくないけど・・・何もしないってのもねぇ・・・」
「自宅もあるし、遺産もたんまりあるんだから、もう、何もしないで悠々自適でいいでしょ?!」
真奈美は分かりやすい僻み交じりの嫌味な目を向け、右端の口角だけを上げて笑って見せた。
それにしても、『一人』と言うのが、これ程までに安寧なものだとは・・・。

『東日本大震災』だった。
青森の警察と宿泊先のスタッフから、その訃報は届いた。涙交じりの、まるで絞り出すように押さえつけた声で・・・。勿論、義理の妹夫婦も一緒だった。
瞬間、光子の目の前に、今まで受け続けた暴力と腸の煮えくり返る30年近くの惨めな自分の姿が、長いコマ送りのフィルムでも見るように流れていった。
早くに両親を亡くした光子。何があってもこの家にしか自分の居場所はないのだ、と頑なに信じ、ひたすらしがみ付いた年月・・・。
正之が「最初の男」ではなかった、というただそれだけの理由で、ずっと耐え続けた罵倒と恥辱。
あの訃報を受けた日以来、この世には、もう何も怖いものはなくなっていた。
今、目の前で静かに注がれるビールのグラスを眺めながら、光子は、体の芯からポカポカとした満足感に酔っていた。
